「刃文」自然と人の技術が生む美しさ

鋼と火と水によって作られるものである刃文は、とても不思議なものです。刃文にどのように人の手が加わっているかというと、タイミングつまり間合いです。鋼を燃え盛る火の中で赤くして、どの赤さのときに取り出し、水の中に入れて冷やすか、そのタイミングが人の手が加わる瞬間です。水の中に入れた瞬間に、鋼の数か所が化学変化を起こします。そして化学変化によって、生まれるのが「沸」と「匂」と呼ばれている、鋼の組織の一部であるマルテンサイトの結晶体です。「沸」と「匂」の違いは、肉眼で明確に焦点があう大きさの結晶体を「沸」と呼んで、それよりも細かくなる結晶体を「匂」と呼んでいるそうです。この「沸」と「匂」が集まっているものが、刃文となるのです。その原理を活かして、土の置き方を変えることによって、刃文の形を自由自在に変化させ、華やかな刃文や躍動感のある刃文を作ることができるそうです。

刀の刃文の美しさを鑑賞するという風習は、昔の中国からあったと思われます。中国の詩人が、刀剣の刃先が初めて咲いたハスの花のようだと、宝のように扱われていた刀の光輝く綺麗さを称えていることもあります。

日本では、平安時代に反りのある日本刀が少しずつ生まれてきたとされていて、その反りのある日本刀を弯刀と呼ぶそうです。そして、その日本刀にも不規則に乱れた刃文が見られます。しかし、それは人が意識して作りだしたものではなく、自然に乱れて出来たものだと考えられます。その何十年もあとに、綺麗な刃文を欲しがる武士と、それを作り出すことができる刀工の技術が発展して、さまざまな刃文を残したと考えられます。

刀工は、高度で複雑な技術を用いながら刃文を生み出し、その刃文が自然にできたように見えると思わせたいそうです。刃文は、自然と人との間合いによって、生み出される日本刀に宿る美しさです。

 

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