刀剣商のこれからの道

日本刀の将来を占うテストケース。東京都内に店舗をかまえ、日本刀や装剣小道具の販売を従来の「刀屋」から、近代的な美術商として飛躍したいと念願し、又実際に、実行しつつある方に「今までの刀剣商―これからの刀剣商」について述べてもらうと、現在の刀の値段が高いか安いかということですね。 まあ江戸時代の値段表を拝見すると、武士の魂ですからね。大変高かった。それが明治の廃刀令で無用の長物になってしまった。しかし日本刀を愛する明治天皇陛下をはじめとして、明治の元勲の方などはやはり日本刀が皆お好きでしたから、だんだんと値打ちも出、加えて日進戦争、日露戦争で日本刀のそういった精神面、特に「武」というほうの力が非常に強かったのでだんだん復興してきたわけですね。しかし武士の魂だといわれた日本刀が、一朝にして不必要になったのですから、極端に言うとただです。

そなため他の美術品に比べると日本刀は明治、大正時代には価格が軽減に押さえられた。そういうことが長く続いたわけです。それが昭和に入り、ことに満州事変が起きてから刀というものが軍刀にするのに不足してきたものですから、陸軍では刀を打つ刀工を集めて、昭和初めから敗戦まで、日本刀鍛錬会という会を作って、とんてんかんと打ったわけです。最初は一本が四、五十円で若い小尉さんなんかに

配給したわけです。その後だんだん物価が上がって、百円とか、百五十円、そういう値段になってきたわけです。そうすると、その当時、位の低い新刀、新々刀がそのような値段であり、現代刀でもこうじゃないかというので、今まで安く押さえられていた新刀、新々刀、古刀も含めた刀で軍刀になりそうなもの、A、B、C土分けると、Bの下位以下のものがだんだんと値が上がってきたというわけです。昭和19年、20年ごろは、品不足になり値段もかなり上がりました。

これが敗戦で占領軍が武器だと言って日本刀を押収しようとした。それが徐々に復興して、昭和25、6年頃から売買も少しずつ認められてきました。刀が値上がりし始めたのは33、4年頃ですね。その間の十数年間は暗黒に近かった。刀剣界は、終戦後刀屋が皆やめてしまう。研ぎ屋もやめてしまう。やめないでくれと言っても「生活があるから勘弁してくれ、女房や子供を食わせなければならない」といってくもを散らすようにやめてしまった。当然のことですね、生活があるからですね。そういう方が現在又戻ってきたり、それから昭和40年ころから刀はいい商売だ、儲かるというようなことで、まったくの素人の方が刀剣界にどんどん出てきた。

それでも、現在の刀の価格は他の価格は他の古美術品と比較すると、大体五分の一くらいじゃないか思います。

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